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仙台地方裁判所 昭和33年(ワ)674号 判決 1965年10月06日

原告(反訴被告) 国

被告(反訴原告) 荒雄嶽鉱業株式会社

訴訟代理人 青木康 外三名

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

被告(反訴原告)の反訴を却下する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じて三分し、その二を原告(反訴被告)の負担とし、その一を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、本訴

原告(反訴被告。以下単に原告という。)指定代理人は、請求の趣旨として「宮城県収用委員会が昭和三二年三月一一日裁決した別紙物件目録記載の物件の収用による損失補償金額金四、四六七万七、五四四円を金二、七一七万八、〇〇九円に、宮城県玉造郡鳴子町鬼首字下かに沢三九の一七宅地四五〇坪の収用による借地権の消滅に対する補償額金一〇万八、四九〇円を金四万七、九〇六円にそれぞれ変更する。訴訟費用は、被告(反訴原告。以下単に被告という。)の負担とする。」との判決を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、原告の機関である建設大臣は、北上川水系支川江合川上流鳴子ダム建設事業の起業者として、昭和二九年七月二日付建設省告示第一、二一九号をもつて主務大臣たる建設大臣の事業認定を受け、同事業のために収用を要する被告所有の蟹沢発電所の建物、発電機、附属機械、水利権等別紙物件目録記載の物件について、昭和三〇年一一月二五日宮城県告示第一、〇三三号および第一、〇三四号で土地、権利の細目告示を経た後、土地収用法第四〇条により物件所有者たる被告と協議したが不調におわつたので、同法第四一条により昭和三一年二月二七日宮城県収用委員会に裁決の申請をした。同委員会は、昭和三二年三月一一日別紙物件目録記載の物件の収用による損失補償金額を金四、四六七万七、五四四円、宮城県玉造郡鳴子町鬼首字下かに沢三九の一七宅地四五〇坪の収用による借地権の消滅に対する補償金額を金一〇万八、四九〇円とする旨の裁決をし、同裁決書の正本は同年三月一四日原告に送達せられた。

二、ところで、右収用委員会の裁決はつぎに述べるように不合理なものであり、裁決補償金額は過大に失するものである。

(一)  原告主張の評価方法

1、蟹沢発電所(最大出力四〇〇キロワツト、常時出力二八〇キロワツト、特殊出力一二〇キロワツト)は昭和九年一〇月に訴外鬼首興業合資会社が形山、荒湯の採掘硫黄製錬事業用索道動力の用に供するため、現在地に北上川水系支江合川小支田代川の水利を使用し、前記出力の自家用発電所として発電施設を設け、昭和一〇年八月五日発電許可を得て操業以来、索道用原動力として三〇馬力モーター一台の運転のために発電をつづけ、昭和一一年にこれを訴外日本紡績株式会社に売却し、更に昭和一九年企業整備により訴外三井物産株式会社が硫黄鉱山とともにこれを買受け、昭和二四年一月二〇日に被告が鉱山、水利権等と共にその施設一切の譲渡を受け硫黄採掘事業の経営とともに発電を継続し、これが必要電力を供給するとともに、一部余剰電力を訴外東北電力株式会社に売却していたものである。

2、ところが、昭和二七年一月ころには硫黄価格の暴落とともに、被告の硫黄採掘事業は殆んど休業状態に陥り再開の見込もたゝない状況になり昭和二八年ころには鉱山の機械設備もほとんどなくなつてしまつていて、蟹沢発電所も必要がなくなつていた。たゞ、採掘中止以来も右発電所の生産電力を訴外東北電力株式会社に販売していたが、その施設の荒廃老朽化、用水取水用堰堤水路等の朽廃等で発電能力も著しく低下しており且つ販売価格は原価を下廻つていたし、また元来前記水利権は自家用発電を目的とするものであつて、被告は右発電所の生産電力の販売によつて利益を得ることもできない状態にあつた。

3、しかして、このような状況にある蟹沢発電所の収用に伴う損失補償の額は、<1>発電所の現存価格 <2>送電線の現存価格 <3>土地造成費の未償却分 <4>借地権価格 <5>調査費、資料作成費等の雑損失、 のみを補償すれば足りるというべきである。

(二)  原告主張の補償額

1、蟹沢発電所の現存価格 金二、六三二万七、八六八円

本件の自家用発電所の如く、一般の取引の用に供せられることが極めて稀であつて、いわゆる交換価格の把握が困難な物件については、当該物件と同一規模、同一態様の物件を同一地域に再建設するものと仮定し、これに要する費用を算出し、この再建設費から収用時までの被収用物件の使用経過年数に維持保存の状況を加味してこれに応じた合理的な減価を行い、これによつて得られた金額、すなわち、

推定再建設費×{(1-残骸価格率)×(耐用年数残存期間/耐用年数)+残骸価格率}

なる算式によつて得られる額をもつて時価相当額というべきである。そして本件蟹沢発電所の時価をこれによつて計算すると、つぎのようになる。

イ、推定再建設費 金四、七七三万〇、〇〇〇円

現存した発電所と同一規模、同種の建物、機械器具等の再取得に要する費用を専問業者をして算出せしめた価格であり、このうち水利費金一三三万三、〇〇〇円を含むがこれは水利費の水路式発電所の再建設費において占める割合は、通常二、七八%が相当とされているので、これを採用する。

ロ、耐用年数 四五年

効用持続年数を基本として決せられるべきもので、通常は昭和二八年大蔵省令による分類別耐用年数によつて行われるのであるが、本件においてこれによるときは著しく被収用者に不利となるため、過去の実例をも勘案してその耐用年数を算定した。

ハ、耐用年数残存期間 二二、五八年

前記の発電所建設時から本件裁決時の昭和三二年三月までの年数を控除した。

ニ、残骸価格率一〇%

発電所現存価格=47,730,000×{(1-0.1)×22.58/45+0.1}=26,327,868円

2、送電線の現存価格 金六七万八、六〇〇円

イ、推定再建設費 金一四五万〇、〇〇〇円

ロ、耐用年数二五年

ハ、耐用年数残存期間 六年

ニ、残骸価格率 三〇%

右1と同様の算式により

送電線現存価格=1,450,000×{(1-0.3)×6/25+0.3}=678,600円

3、土地造成費未償却分 金一一万九、四四七円

イ、造成費と時価との差額 金二三万八、〇四七円

ロ、償却年数 四五年

ハ、経過年数 二二、四二年

ニ、償却残存率 五〇、一七七七七%

土地造成費未償却分=238,047×50.17777/100=119,447円

4、雑損失 金五万二、〇九四円

後記借地権価格と合計して金一〇万〇、〇〇〇円となるように適当に見積つた。

5、借地権価格 金四万七、九〇六円

借地権価格の算定は、土地の現況を根拠にして行われなければならないところ、蟹沢発電所の敷地たる宮城県玉造郡鳴子町鬼首字下かに沢三九の一七(以下、本件借地という。)は、土地台帳上一筆の宅地として登録されているが、表土を削つて宅地化されているのはその一部分にすぎず、その他は山林、原野および川欠の状況にあつた。かゝる土地についての借地権価格は夫々の現況地目に応じ、近傍類地の取引額を比較対照する等の方法を経て算定される必要がある。しかして、本件の借地権価格については、特別な地方的慣習の存在も認められないので、仙台国税局の相続税評価基準により宅地については更地価格の二〇%、山林原野、川欠については、借地権の残存期間を三五年ないし四〇年とみてその六〇%を借地権の割合として計算すると借地権価格はつぎのとおりとなる。

(地目) (収用実測面積) (更地価格)     (借地権価格)

宅地   一九一坪〇四 二二万九、二四八円 四万五、八四九円六〇銭

山林    〇反一一八    一、六八〇円   一、〇〇八円

原野    〇反二〇二      九九二円     五九五円二〇銭

川欠    〇反五〇一      七五五円     四五三円

計            二三万二、六七五円 四万七、九〇六円

(三)  近傍類似の買収実例

右のような原告主張の補償額は、これを近傍類似物件の任意買収実例に照らしてみても妥当なものであることが明らかである。すなわち、本件係争発電所に近接して鳴子ダム建設敷地内には、訴外東北電力株式会社が鳴子発電所(最大出力二、五〇〇キロワツト、発電開始大正八年四月、昭和二五年一月、発電機器を更新して運転開始。)、荒雄川発電所(最大出力八五〇キロワツト、発電開始昭和二年六月)、鬼首発電所(最大出力一、四〇〇キロワツト、発電開始大正一四年七月、昭和二五年一月発電機器を更新して運転開始。)の三発電所を所有し、いずれも相当の収益をあげていたのであるが、本件ダム築造により水没地域内とされたため原告の申出に応じ、任意補償によつて協議が成立し円満に解決したものであるが、これら三発電所(総出力四、七五〇キロワツト)に対し合算補償金額をつぎのとおり算定された。

イ、施設補償(除去損失の補償)

施設本体評価額 三億五、〇三一万九、八一〇円

撤去品価格     二、七一八万四、六五一円

除去補償総額(撤去品は被収用者が引取つたので、その価格相当額を施設本体評価額より控除。)

三億二、三一三万五、一五九円

ロ、通常損失補償(企業損失)

営業補償(水没発電所の運転休止時から、新鳴子発電所の運転開始時までの期間、休電補償。)

二、八二四万三、七七四円

配置転換費        七四万〇、六八六円

管理費補償       二〇七万〇、〇〇〇円

計         三、一〇五万四、四六〇円

ハ、委託費補償(資料作成、現地調査等委託)

五〇万〇、〇〇〇円

以上補償総額 金三億五、四六八万九、六一九円であつて、訴外東北電力株式会社に対する三発電所の総出力四、七五〇キロワツトの発電施設に対する補償が右の程度であるので、これと比較してみても発電能力が十数分の一であり、しかも朽廃施設である被告所有の蟹沢発電所の評価額は、前記原告の主張額をもつてもなお多きに失するとさえ云い得るところである。

(四)  宮城県収用委員会の裁決補償額の不合理性

1、収用委員会の別紙目録記載物件に対する裁決補償額の内訳は、

イ、水利権を含む発電所価格 金四、二八〇万〇、一九八円

うち発電所現存価格     金二、六九六万七、四五〇円

送電線の現存価格      金   六七万八、六〇〇円

企業利益          金一、五一五万四、一四八円

ロ、通常損失額       金  一八七万七、三四六円

うち裁決申請後の休業

補償、営業上損失に

準じ収益見込額の一年分   金  一一九万八、三六二円

人件処理費、人件費一年分  金   三七万八、九八四円

水利地点の調査費、資料作成費、旅費等

金   三〇万〇、〇〇〇円

であつて、送電線の現存価格を除き原告主張の補償額と異り不当であるが、そのうち収用委員会が企業利益の損失金一、五一五万四、一四八円を認めたことはつぎの理由により不当である。すなわち、収用委員会は、蟹沢発電所の発電による純益が皆無と認めながら、全く企業経営を行わずかつ企業収益をあげていない企業について、現実に訴外東北電力株式会社に売電している価格は一キロワツト当り金六〇銭であるにもかゝわらず、ほしいまゝにこれが金二円五四銭で売れるものと独断想定し、発電所の年間発電量についても、特別修理費金二二二万円を見込んで特別修理を行えば発生可能電力量が、二四一万八、九八九キロワツト時に回復できるものと計算し、発電所の現存価格を別途補償してもなお純益が年間一一九万八、三六二円発生するものとし、これに残耐用年数を三五年として企業利益金一、七三七万四、一四八円(補償額は特別修理費二二二万円を控除)が本件収用によつて失われるものと認定している。

しかしながら、この基礎とされた売電価格金二円五四銭の算出根拠が明らかでないのみならず、施設の残存価格については原告の主張に近い額を採用しながらこれが計算の前提となる残存耐用年数についてはこれを三五年という不可解な数字を引用して企業利益を算出する方法をとつているのであつて、これ自体誤りを内包するものであることが明らかである。それのみでなく、企業利益が土地収用法第八八条にいう通常損失であるためには、当該企業の現状からみて、物件の収用が企業遂行に支障を来し、円満な企業活動が阻害されることが確実に期待されるときにのみ、これを収用によつて蒙るべき通常の損失として補償を命ずべきであるに拘らず、本件の如く全山の鉱山施設の重要部分を撤去して操業不能のまま数年間に亘つて放置され、企業活動の再開すら期待し得ないものについてまで、企業利益の喪失を予定し、現実に支出されるか否かは全く予測されない架空の修理費を計上してまで算出して補償するものとするならば、当該企業に対して何らの企業的努力をなすこともなく不当の対価を収受することを容認する結果ともなり、収用によつてかえつて被収用者に特別の利得を与える結果を招来するものともいうべく、かゝる補償が正当の補償の範囲を逸脱するものであることは多言を要しないところである。

2、さらに収用委員会の裁決は、本件借地の現況が前記のとおり宅地、山林、原野、川欠部分からなつているのにかゝわらず、これを全部宅地として評価し、借地権価格を金一〇万八、四九〇円としているが、これが不当であることは前記(二)の5に記載のとおりである。

三、よつて、原告は、前記裁決の別紙物件目録記載の物件についての損失補償金四、四六七万七、五四四円を前記二の(二)の1ないし4記載の如く金二、七一七万八、〇〇九円に、本件借地の借地権消滅に対する補償金一〇万八、四九〇円を前記二の(二)の5記載の如く金四万七、九〇六円に、それぞれ変更すること求める。

被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

原告主張の請求原因事実一、二の(一)の1各項記載の事実は認めるが、同二の(一)の23、二の(二)の1ないし5、二の(三)各項記載の事実は否認する。同二の(四)項記載の事実中、宮城県収用委員会がその主張のような内容の裁決をしたことは認めるが、その主張のような不合理性があることは争う。

第二、反訴

被告訴訟代理人は、反訴として「原告は被告に対して金三〇〇万円を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、前記第一の本訴請求原因一項記載と同じ。なお宮城県収用委員会の裁決書の正本は、昭和三二年三月一五日被告に送達せられた。

二、ところで、右収用委員会の裁決の補償金額はつぎに述べるように過小なものである。

(一)  被告主張の評価方法

水力発電所は、発電用水利権(父)と発電施設(母)との複合的財産であり、電気はいわば「子」であるから、発電施設の現存価格の補償は困難でもあるのでこれを求めず、つぎの算式

電力補償=(年間買電料金-年間一般経費)×残耐用年数に応ずる年金現価率-特別修理費

によつて得られる<1>電力補償とこれに<2>第一、第二送電線の現存価格、<3>受電設備新設費、<4>受電経費、<5>調査等の費用および<6>発電用水利権消滅についての補償がなされるべきである。右補償の方式は、昭和三一年一〇月三一日宮城県収用委員会の調停中において、起業者の調停譲歩案として被告に示されたもので被告もこの点については同意していたものである。

(二)  被告主張の補償額

1、電力補償 金一億四、一四九万五、三〇六円

被告は、本件自家発電所を失えば公益発電所から買電する以外に方法はない。ところでその契約電力は、四〇〇キロワツトであり、これを基に電力補償額を計算するとつぎのようになる。

イ、年間買電料金 金八〇八万六、九〇八円

年間利用可能電力量については、前記原告の調停譲歩案に示された二四一万八、九八九キロワツト時として、これに買電単価一キロワツト時当金三円三四銭三厘一毛を乗じたものである。

ロ、年間一般経費 金九九万八、四三二円

昭和三〇年一〇月一〇日ころ起業者が認諾した金六六万二、五三二円に、その後水利使用料の値上げ、労務者一名増員、地代の計上落ち等があつたのでこれら増加分を加えて修正したものである。

ハ、残耐用年数 三六年

起業者が協議の際示した三七年に同意し、その後約一年経過したのでこれを控除する。

ニ、年金現価率 二〇、二七四五

民法第四〇四条の法定利率年五分のホフマン式計算法により残耐用年数に応ずる現価率を定める。

ホ、特別修理費 金二二二万円

収用委員会が調停中に、委嘱した東北電力株式会社調査団の報告から採用した。したがつて、

電力補償=(8,086,908-998,432)×20.2745-2,220,000=141,495,306円

2、受電設備新設費 金三八〇万円

起業者が協議の際示した額に、同意したものである。

3、受電経費 金五六一万六、〇三六円

前2と同じように定めた年間一般経費金二七万七、〇〇〇円に年金現価率二〇、二七四五を乗じたものである。

4、第一、第二送電線現存価格 金一二〇万円

右送電線は、発電施設とは別個のものであるから、前1の補償には含まれない。

5、発電用水利権消滅に対する補償 金一、五〇〇万円

右水利権(別紙物件目録に記載のとおり。)は、永久権であるところ、本件収用により三六年間で打切りとなるのであるから、爾後の補償として右金額が支払われるべきである。

6、調査、出張、人件費等 金三〇〇万円

(三)  宮城県収用委員会の裁決補償額の不当性

収用委員会の裁決は、蟹沢発電所が被告の自家用発電所でありその水利権が自家発電用水利権であることを無視し、被告を公益事業令に基く「公事業者」や「電気事業者」と同視したために、その補償の方式において誤りをおかしている。そして補償の算定に際しても、買電単価はかつて起業者が協議中に提案した一キロワツト時当金二円六五銭二厘をも下廻る独断的なものであり、一般経費は蟹沢発電所それ自体のものを計上しないで、公益発電所である東北電力株式会社の実績による数字を採用し、その他不当な支払利息減価償却、公課等を計上して被告の受ける補償金額を不当に低くしている。

三、よつて、被告は、右収用委員会の裁決した過小な補償金額を前記二の(二)の1ないし6記載のように金一億七、〇一一万一、三四二円に増額変更の権利を有するがその増額分のうち金三〇〇万円を原告に対し支払を求める。

なお、被告は、宮城県収用委員会の裁決に対し、昭和三二年三月二二日建設大臣に訴願をなしたところ、昭和三四年二月二四日土地収用法第一二九条第二項但書を理由に却下された。そこで被告は右訴願却下の裁決に対し東京地方裁判所に裁決取消の行政訴訟を提起したが、昭和三五年八月三日原告(本件被告)の請求棄却の判決言渡しがあり、これに対し東京高等裁判所に控訴の申立をしたが昭和三六年七月一七日控訴棄却の判決言渡があり、さらにこれに対し最高裁判所に上告したが、これも昭和三七年九月一八日上告棄却の判決言渡があつたものである。

原告指定代理人は、反訴に対する本案前の申立として「本件反訴を却下する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本案前の主張として

一、本件反訴は、土地収用法の定める出訴期間経過後に提起された不適法な訴である。

すなわち土地収用法第一三三条第一項によれば、収用委員会の損失補償の裁決に関し訴を提起するにはその裁決書の正本の送達を受けた日から三月以内にこれを行わなければならないものとされている。しかるに、本件に関する宮城県収用委員会の裁決は昭和三二年三月一一日に行われ、その裁決書の正本は同月一五日被告に到達している。

なお、被告主張の訴願裁決、その取消訴訟の経過は、すべて認める。

二、また、本件反訴については起業者に対しなされるべきであるから原告は当事者適格を有しない。

したがつて、いずれにしても、本件反訴は却下されるべきである。

と述べ、本案の申立として「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本案の答弁として、

反訴の請求原因事実一項記載の事実は認めるが、その余の事実は争う。

と述べた。

第三、証拠<省略>

理由

第一、本訴について

一、収用委員会の裁決

請求原因事実一項記載のような経過で、宮城県収用委員会が昭和三二年三月一一日別紙物件目録記載の物件(蟹沢発電所、水利権)の収用による損失補償金額を金四、四六七万七、五四四円、本件借地の借地権の消滅に対する補償金額を金一〇万八、四九〇円とする旨裁決をし、同裁決書の正本が同年三月一四日原告に送達せられたことは当事者間に争いがない。

二、蟹沢発電所(水利権を含む)の収用による補償

(一)  蟹沢発電所の利用状況等

蟹沢発電所(最大出力四〇〇キロワツト、常時出力二八〇キロワツト、特殊出力一二〇キロワツト。発電機、附属機械、建物、水利権等は別紙物件目録記載のとおり。以下、本件発電所という。)が、請求原因二の(一)の1項に記載のように、昭和九年一〇月に訴外鬼首興業合資会社の自家用発電所として設立され昭和一〇年八月五日から操業し、その後転々と譲渡されたが昭和二四年一月二〇日に至り被告が硫黄鉱山、水利権等と共に前会社の施設一切の譲渡を受け、硫黄採掘事業の経営とともに発電を継続し、これが必要電力を供給すると同時に一部余剰電力を訴外東北電力株式会社に売却していたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第二ないし四号証、第一二ないし一五号証、証人稲垣実の証言によつて成立が認められる甲第七号証、証人菅谷薫の証言によつて成立が認められる甲第一九号証の七ないし四五、四九、証人稲垣実、菅谷薫、大泉荘一郎の各証言、検証の結果(昭和三四年九月二五日施行)および弁論の全趣旨を総合すると被告は昭和二四年一月に創立以来、いわゆる硫黄ブームといわれた期間中の昭和二五年四月一日から同年九月三〇日まで昭和二六年四月一日から同年九月三〇日まで、昭和二六年一〇月一日から昭和二七年三月三一日までの三期については利益をあげたが、その他の期については、設備拡張等もあつて損失が続き、とくに右硫黄ブームが下火となつた昭和二七年に入つてからは、金融界における金詰り、設備拡張のための投下資本未回収等の原因も重なつて事業経営が思わしくなく昭和二八年ころには硫黄採掘事業は殆んど休業状態に陥り、本件収用が仮決定された昭和三〇年一二月ころには事業は全く停止し鉱山設備は相当荒廃して、索道原動所のワイヤロープは切断し機械類の一部は撤去されていた状況にあつたこと、本件発電所の生産電力は前記のとおり、被告の索道用原動力のために供され、また一部余剰電力は、昭和二四年八月以来訴外東北電力株式会社に売却されていたが、右のように被告の事業経営が休業状態に陥つてからは殆んど売電のみに供され、そのころから本件発電所施設等の修理も格別なされなかつたために、少くとも昭和三〇年八月以降は導水路とくに木樋部は破損して漏水甚しく、そのために本来の発電能力に比し著しくその効率を低くしていたこと、以上の事実を認めることができ、証人古川木戸兵衛の証言、被告会社代表者本人尋問の結果および乙第一五号証の一の記載中、右認定に反する部分はにわかに措信できず、その他これを覆すに足りる証拠はない。

(二)  補償の方式

ところで、原告は前項認定のように、本件発電所の収用裁決時、被告の事業が休業状態にあり、本件発電所が本来の自家用発電所として利用されていなかつたことから、本件発電所の収用による損失補償に際しては、水没する発電所施設等の現存価格のみを補償すれば足り、その他これに伴う企業利益等の通常損失は補償の対象にすべきでない旨主張する。

しかしながら、自家用発電所も公益発電所と同じく発電所施設と発電用水利権(有効落差、場所的利益等も含む。)とが合体して、電力を生産するという一個の財産というべきであるから、これを利用する企業の経営状態等によつて電力の需要度が高低し、そのために当該企業にとつてのその利用価値が変ることがあつても、発電所自体の客観的な財産価値は変ることはないというべきである。換言すれば、自家用発電所の価値は、それを利用する企業の電力需要度によつて定まるものではなく、その発電所が通常の維持管理下において、それが持つ発生可能電力量等を基礎として客観的に定まるものと考えるのが相当である。

本件において、これをみるに、なるほど被告の事業経営が休業状態にあり裁決時本件発電所はほとんど自家用発電所として利用されておらずその生産電力も他に売却している現状であるから、被告にとつて少くともさしあたつて利用価値の低いものではあるけれども、それだからと言つて本件発電所の客観的な財産価値は低下するものではなく、通常の維持管理下においてその維持費等を控除しても、なお利益になるほどの電力量生産が可能な限り、本件発電所の収用による損失補償に際しては、発電所等施設の現存価格のほかになお本件発電所の残耐用年数に応じた生産電力量をも通常損失として補償の対象として考えなければならない。そして成立に争いがない甲第一号証によると宮城県収用委員会の裁決は「本件発電所の価値(水利権を含む)を一個の企業財産と看做し、」て評価しているが、これは右と同様な考え方にもとずく評価と窺われるから、右裁決の判断はこの点に関し不合理はなく原告の前記主張は採用できない。

(三)  補償金額の算定

そこで、前項のような補償の方式により、収用委員会の裁決補償金額が不当に過大なものであるかどうかについて判断する。

1、本件発電所の現存価格

本件発電所の現存価格について原告は本訴において金二、六三二万七、八六八円を主張しているが、前掲甲第一号証その方式および趣旨により公務員の作成した文書の一部と認められるのでその成立が認められる甲第八号証中の蟹沢発電所の現存価額評定書と題する部分(同号証その余の部分の成立は争いがない。)によると、起業者は収用委員会に対し裁決申請にあたり、本件発電所の現存価格を金二、六九六万七、四五〇円を主張したため、同委員会は当事者主義を重視している土地収用法第四八条第三項の趣旨から右主張額をそのまゝ採用したことが窺われるので、この点に関する裁決の判断は相当というべきである。

2、送電線の現存価格

送電線の現存価格について原告は本訴において金六七万八、六〇〇円と主張しているところ、収用委員会の裁決も同額と判断していることは当事者間に争いのないところである。

3、企業利益

被告の企業収益とは関係なく、通常の維持管理下における本件発電所を一個の企業財産と看做しその企業利益をも補償の対象にすべきであることは、前二の(二)項に記載のとおりである。そして、収用委員会の裁決は、本件発電所の年間発電量について特別修理費金二二二万円を見込んで特別修理を行えばその発生可能電力量が二四一万八、九八九キロワツト時に回復できるものと計算し、売電単価を一キロワツト時金二円五四銭で売れるものと考え、必要な経費を控除したその純益が年間一一九万八、三六二円発生するものとし、これに本件発電所の残耐用年数を三五年として本件発電所自体の企業利益を金一、五一五万四、一四八円と認定したことは当事者間に争いがない。

まず原告は、右裁決の発生可能電力量は、本件発電所の現状から離れた架空の数字である旨主張する。なるほど第三者作成の文書で弁論の全趣旨から成立が認められる甲第六号証によると、被告が訴外東北電力株式会社に売電した実績は

昭和二七年度 五五万六、一四一キロワツト時

昭和二八年度 八一万〇、八七〇キロワツト時

昭和二九年度 六三万七、二〇〇キロワツト時

昭和三〇年度 四九万一、四三〇キロワツト時

であることが認められることや、また前記二の(一)項記載のように本件発電所施設等の修理がほとんどなされていなかつたために、少くとも昭和三〇年八月ころには、その本来の発電能力に比して著しく効率を低くしていたことから考えると一見裁決の発生可能電力量は不当な数字のようにみえる。しかしながら、証人古川木戸兵衛の証言に前掲甲第二、三号証を併せ考えると、被告は昭和二七年八月ころから本件発電所の水没予定を知らされ、そのためそのころから格別発電所施設等の修理を施されなかつたが、これはそれがために発電能力の効率が下つても、さしあたつての被告の電力需要を満たし、且つ訴外東北電力株式会社との発電契約上の送電を続けるには、なお発電出力に余裕があつたためであることが窺えるので、右事実だけから裁決の発生可能電力量が不当だとは言い切れず、その他この点に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて第三者作成の文書で弁論の全趣旨から成立が認められる乙第八号証、前掲甲第七号証によると本件発電所に利用される江合川の水質は割合良好であるため、本件発電所の水車、発電機その他の附属機械等の腐触摩耗等はあまり見られず、たゞ導水路部分の補修に金二二二万円をかければ、年間可能発生電力量二四一万八、九八九キロワツト時に回復することができ、これが本件発電所の通常の管理下における常時出力でもあることが充分推認できるのである。

つぎに、原告は裁決の売電単価は不当に高い旨主張し、前掲甲第六号証によれば、被告は訴外東北電力株式会社に対し昭和二七年八月一日以降本件裁決時にも、常時電力量料金については一キロワツト時当り金六〇銭、特殊電力量料金については同金二〇銭で売電していたことが認められるけれども、一方証人古川木戸兵衛の証言によると本件発電所の送電設備には右訴外会社からの受電設備も併設し、被告が本件発電所の生産電力のみでは不足する場合に逆に売買単価と同額の単価で買電することとなつていたので、とくに売電単価を安くしていた事情が窺われるから、右訴外会社に対する売電単価が裁決当時の電力時価と同一だとは認められず、その他裁決当時の売電単価が一キロワツト時当り金二円五四銭未満であることを認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告は裁決の本件発電所の残耐用年数三五年も何ら根拠のない不当な数字である旨主張するが、この点に関してもこれを認めるに足りる証拠はない。すなわち、水力発電所の耐用年数については、昭和二八年度大蔵省令による固定資産の分類別耐用年数表によれば約四五年とされているが、右の法定耐用年数はいわば徴税のための政策ないし技術的見地からその基準を定めたものにほかならず、もとより現実における具体的物件の効用持続期間との間の誤差は避けられないのであるが、右の場合常に前者を後者の下位においていることから、右誤差は納税者の利益のみに働く点において正当な基準として肯定されているものと考えられるのである。してみると、右の法定耐用年数を、本件のように物件収用による損失補償の際その基準としてそのまま適用することが、被収用者の正当な補償を受ける権利を害することになることは明らかであつて、補償の基準としての耐用年数は証明のできる限り、現実の具体的物件の効用持続期間に最も近いものを選定しなければならないというべきである。しかして、前掲乙第八号証の鑑定書によると、本件発電所の河川の水質、発電機等の機器、開渠水圧鉄管の現状、それらの維持保存の状況、経過年数および修理費等諸般の事情から本件発電所の残耐用年数を三五年と認めることができるので、裁決に原告主張のような不合理はないものといわなければならない。

また、その他裁決の企業利益が不合理、不当なものであることを認めるに足りる証拠はない。

4、その他の通常損失

収用委員会が、その他の通常損失として、休業補償(営業上損失に準じ裁決申請後の収益見込一年分)金一一九万八、三六二円、人件処理費(一年分)金三七万八、九八四円、水利地点調査費、資料作成費、旅費金三〇万円の合計金一八七万七、三四六円を認定していることは当事者間に争いがなく、原告は、通常損失として調査費等の雑損失として金五万二、〇九四円のみの補償を主張しているが、この点に関する原告の主張を肯定し裁決の認定を不当と認めるに足りる証拠はない。

5、近傍類似の買収実例等

弁論の全趣旨からその成立が認められる甲第五号証によると、本件発電所に近接して鳴子ダム建設敷地内に訴外東北電力株式会社が鳴子発電所(最大出力二、五〇〇キロワツト発電開始大正八年四月、昭和二五年一月発電機器を更新して運転開始。)、荒雄川発電所(最大出力八五〇キロワツト、発電開始昭和二年六月)、鬼首発電所(最大出力一、四〇〇キロワツト発電開始大正一四年七月、昭和二五年一月発電機器を更新して運転開始)の三発電所を所有していたが、本件のダム策造により水没地域内とされたため、原告主張のような内訳(請求原因事実二の(三)のイないしハ)で右三発電所(総出力四、七五〇キロワツト)に対し補償総額金三億五、四六八万九、六一九円にて任意買収されたことが認められる。

ところで、本件発電所は、右三発電所と総出力の点で比較するならば、その十数分の一に過ぎない数ではあるが、右同証拠によると右被補償者は公益事業を目的とする会社であり、しかも、右任意買収は三発電所水没して本件のダム完成後には、それを利用した新鳴子発電所(最大出力一万八、〇〇〇キロワツト)を新設することが条件になつていること、したがつて、企業利益も水没発電所の運転休止時から新鳴子発電所の運転開始時までの休業補償が計上されているだけであることが認められ、これら諸般の事情から考慮すると、右任意買収実例をもつて、これと大部事業を異にする本件発電所の補償額を算定する一要素として採用することができない。

これを要するに、前記の証拠事実をもつてしては未だ原告主張の裁決における本件発電所の損失補償額が過大である旨を認めるに足りないのであつて、その他これを認めるに足りる資料は、主張、立証されていないところである。

三、借地権の消滅に対する補償

原告は、本件借地は公簿上全部宅地となつているが、現況は宅地の部分は一九一坪〇四にすぎず、その余は山林、原野、川欠であつたから、本件借地の借地権の評価にあたつても各現況地目に応じ近傍類地の取引額を比較対照する等の方法を経て算定される必要があるとし、さらに本件借地を全部宅地としてその借地権を評価した収用委員会の裁決は誤りである旨主張する。

しかしながら、証人菅谷薫の証言によつて成立が認められる甲第九号証の一ないし六、四八、証人古川木戸兵衛の証言によつて成立が認められる乙第一五号証の二、証人四戸一男、菅谷薫、古川木戸兵衛の各証言および弁論の全趣旨を総合すると、本件借地の現状が原告の主張のように宅地、原野、山林および川欠部分との地目別に区分することは可能ではあるけれども、本件借地はいままでに相当の資本が投下されて、現況の発電所敷地に造成されたものであつて、裁決当時、現況山林といわれる部分の一部には送電用の電柱が立つており、また川欠といわれる部分にも工作物こそないが本件借地の東北方山頂から落ちる田代川の滝の落水口下流に面し、発電所や送電線用電柱等が設立されている他の部分のいわば護岸の役目を果していることからみて本件借地は全部発電所敷地に必要なものとして長年利用されていたことが認められるのである。そして、このような事情より徴するに、本件借地は相当な資本が投下された後、発電所敷地というまつたく特殊な土地に造成され、裁決当時現に全部その同一の目的に利用されていたのであるから、社会の通常人にとつて本件借地の最も合理的且つ最善の利用方法と認められる一般的利用方法は、現況では全部発電所敷地として利用する以外にはないと考えるのが相当である。そして、土地の交換価格の前提となる一般的利用価値を右のようにみる限り、本件借地の交換価格は全一体として一括して発電所敷地として評価されるべきであり、その借地権も同様に評価されるべきである。

そうだとすると、原告主張の前記評価の方法は採用のかぎりでなく、その他原告主張のように裁決における借地権消滅に対する損失補償額が過大である旨を認めるに足りる資料は主張、立証されていないので本訴はこの点においても失当というべきである。

第二、反訴について

まず原告の本案前の主張について判断するに、本件反訴は、土地収用法(以下単に法と略称する。)による物件の収用についての宮城県収用委員会の裁決のうち、損失の補償に関する部分を不服としてその増額変更を求め、増額分の内金の支払を求めるというものであるから、被告が右裁決書の正本の送達を受けた日から三月を経過したときはもはやこれを提起し得ないこと法第一三三条第一項の解釈上明らかである。しかして、本件反訴の目的である裁決が、昭和三二年三月一一日になされ、その裁決書の正本が同月一五日被告に到達したことは当事者間に争いがないところ、本件反訴がはじめて当裁判所に提起されたのは、記録上昭和三三年一二月二日と認められるから、本件反訴は特別な事情のない限り法の出訴期間を徒過した不適法な訴として却下を免れない。

もつとも、被告は右収用委員会の裁決に対し昭和三二年三月二二日建設大臣に訴願をなしたところ昭和三四年二月二四日法第一二九条第二項但書を理由に却下されたので、その後訴願却下裁決取消の行政訴訟を提起したが、その主張のような経過で、一審、控訴審および上告審とも被告敗訴に終つたことは当事者間に争いがない。そして右事実から推すると、被告は法第一二九条第二項但書、第一三三条第一項等の法意を誤解し、そのために本件反訴の提起の時期を逸してしまつたことを窺えるが、かゝる事情は被告に出訴期間経過後も訴提起を許すべき正当の事由たり得ないものである。

第三、結論

よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、また被告の反訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 佐々木泉 佐藤歳二)

(別紙物件権利調書省略)

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